テレビドラマなどでよく見るように、依頼者は探偵のもとへと調査の相談にやってくる。その日の依頼者は、見るからに優しそうな40代の中年男性だった。どこにでもいるような平凡なサラリーマンの方だ。深いため息をついた後に、こう言った。
「…妻が浮気をしているのが発覚しました…」
相談室に入ってきてからずっと小刻みに震えている。動揺している様子が見て取れた。顔色も悪く、よく見ると目の下にクマが見えた。よほど奥さんの浮気がショックだったのだろう。いたたまれない。
探偵のもとにやってくる依頼者は多種多様だ。
有利な離婚の為に、明確な依頼の意思を持ってやってくる人。自身が置かれた状況に混乱して、助けを求めにくる人。単に探偵への興味があるだけの、ひやかしの様な人。依頼をするかどうかを迷み、背中を押してくれるのを待っている人。
そして、今回の依頼者の様な人…
「そうなんですね。それはお気の毒です」
「はい…夫婦生活20年、私は妻や子供達を何よりも大事にしてきました。ずっと家族の為に一生懸命働いてきて…それなのに…こんなの…酷すぎます!!」
「奥さんが浮気してるのは、間違いないんですよね?」
「ええ…間違いないです…見てしまいましたから…」
「何か決定的な証拠を見たんですか?写真とか、LINEのやり取りだとか」
「はい、見ました。スマホに浮気相手の写真がたくさん入ってました…」
「なるほど。相手はどんな人だったんですか?」
「それがですね…実は私も知っている人物なんです…」
「なんと。共通のお知り合いだったんですか?」
「はい。妻は東方神起と付き合ってるんです」
????????????????????
は?
「…今、東方神起と付き合ってるとおっしゃいました??」
「はい。東方神起と付き合ってます」
「えっと、東方神起と付き合ってるんですか??」
「はい。東方神起と付き合ってます」
「東方神起と付き合ってるんで…す…ね??」
「はい。妻は東方神起と付き合ってます」
こいつヤベー奴だ!!!!!笑
そう言う彼の口調には一片の迷いもなく、真剣そのものだった。
【妻は東方神起と付き合ってます】というかなりのパワーワードを既に連呼しているにもかかわらず、彼の気迫はとどまる事を知らない。完全にキテる。いやもう難なら、東の方より神が降りてきている感すらあった。
「ちょっと待ってくださいよ、たしか東方神起ってグループ名じゃないですか?」
「じゃあヨンウンジェジュンです」
「よ、よんよじゅじぇん…?」
「ヨンウンジェジュンです」
「え、あ、ヨンウンジェジュン…ですか?メンバーの名前ですかね?その人が浮気相手?」
「そう。ヨンウンジェジュンです」
僕の横でカウンセラーである同僚の女の子が、軽く俯きながら笑いを堪えてプルプル震えている。つられて笑ってしまうのを必死に堪える。あぶない。ここでアウトになるわけにはいかない。っていうか今「じゃあ」って言ったよなこの人?「じゃあ」って何だよまじで。笑
「…なので妻を尾行して、浮気の証拠を掴んでくださぃ!!お願いしまあぁす!!」
声が若干裏返っている。やばい、やばすぎる…!!
だが僕もプロだ。なんとか笑いを噛み殺す。
「…状況はわかりまし…た…。ですが、調査をご依頼されるのは、もう少しよく考えてからにしませんか?」
「絶対に絶対に浮気してます!お金なら出しますからお願いします!」
「いやいやいやいや。ここはひとつ冷静になってですね…」
事件性が無いにも関わらず、ここまで明確に依頼者が調査を頼んできているのに、それをこっちが断ろうとするケースもなかなかないぞ?だって絶対あり得ないもん。調査無駄になっちゃうもん。あと奥さんにも悪いし。しかし僕が気を使って何度か再考を促すも、彼は鋼の意思を曲げようとしなかった。そして叫ぶのだ。
「私はもう妻を奪った東方神起が憎いんですよぉ!!だから調査をおお!!」
この人ちょっと泣いてる。しかもカウンセラーの子なんてもう横向いて完全に笑っちゃってるし。アウトだろまじで。っていうか東方神起が憎いの?グループ単位?ヨンウンジェジュンどこいった?笑
「わかりました!わかりましたよ!調査します!だから一旦このティッシュで顔ふきましょ…!」
こうして、とりあえず一日だけということで浮気調査を受けることになった。この調査の指示書には「浮気相手:ヨンウンジェジュン(東方神起)」と記載されており、とんでもない異彩を放っていた。風格のあるこの案件は、調査員の間でも一目置かれていた事は言うまでもあるまい。
後日、その案件の調査日。
僕自身は調査に参加せずに、部下に尾行を任せていた。夜の10時ごろ、その部下から電話が入る。
「どうだった?ヨンウンジェジュン現れた?」
「いやぁー現れずですねー、新大久保で主婦友達とみんなでサムギョプサル食べて帰宅っす」
「ですよね。調査お疲れ様でした。気を付けて帰ってね」
僕の心のどこかでは、ヨンウンジェジュンの登場を望んでいたのかもしれない。