探偵のタクシーガチャ

探偵として調査をしていると つくづく実感するのだが、調査の現場には運の要素が必ずついてまわる。ほんの少しの偶然とタイミングで、調査が成功するか否かが決定してしまうことがあるのだ。もちろん探偵側もあらゆる事態を想定したり、経験則から運の要素を極力排除して、調査を確実なものにしていく努力はするのだが、実際にはどうにもならない要素も存在する。

その要素のひとつに「タクシー」がある。

尾行中の対象者がタクシーに乗ったり、急な車両(主に浮気相手の車両)が登場したりすると、こちらもタクシーを使用せざるを得ない。そんな時に限って後続のタクシーがなかなか捕まらなかったりする。まぁこればっかりはもう運だ。

そして何よりタクシーの運ちゃん、これがマジで運ゲー。いわゆる「タクシーガチャ」と言われるものだ。ガチャで引いた運ちゃんのランク次第で、追えるか追えないかが決まってくる。ちなみにリセマラはできない。

タクシー尾行は、乗車してから発進するまでの初動がマジで大事だ。誇張抜きで本当に数秒単位の勝負になってくる。この難しさは実際にやってみたことのある人しかわからないだろう。

急いでタクシーに乗車するや否や、海外ドラマの主人公ばりに「あの前の車両を追ってくれ!」とビシッと指さしながら叫ぶと、たいていの運ちゃんは「はぁ?何言ってんだコイツ?」って顔で見てきます。こっちがこの台詞をカッコよく言う為に練習したのも知らずに。

「あ、ですから、すみません前の車両について行ってください」とか言い直しても、「え?え?え?どの車両をですか?」とまごつきだす。「前の車両はお連れ様ですか?」とかもよく聞いてくるから「違います」と答えると、さらに「はぁ?」みたいな顔をしてくる。ですよね。うん。それが普通の反応ですもんね。仕方ないと思います。
しかし無常にもそのやり取りの間に、対象者の乗った車両はもうほとんど見えない所まで走っていってしまうのである。ガッデム。

さて初動をなんとかクリアしても、運ちゃんとの攻防はさらに続く。「実は僕、探偵やってまして、奥さんからの浮気調査の依頼で前の車両を追っているんですよ。見失わない様に、かつ後ろをつけているのをバレない様に走ってください」と説明しなければならない。

「いやいやそういうの困るんですよねぇ~…」とかいうやる気の無い運ちゃんはハズレ。赤信号をギリギリで行かれてしまって見失ってしまうのが関の山だ。

だが中には「フフフフ…お客さん…タクシードライバー歴20年…ずっとこういうシチュエーションを待ってたんですよぉ!任せてくださいぃ!」とか激アツな人がいたりもする。こういうレア運ちゃんを引いた時はラッキーだ。程よく車間距離を空けてくれたり、信号付近でも結構頑張ってくれる。そんな運ちゃんの時はこちらもテンションが上がってしまい、つい別働してる仲間に「こちら小沢、現場が動いていたので連絡できなくてすまなかった…あぁ、なんとか優秀なタクシーを拾えたので無事にターゲットは追えている。そっちの首尾はどうだ?合流できそうか?」とかイキった電話をしたりしなかったり。

あとそうだ、1番すごかった運ちゃんは今でも忘れない。事情を説明すると、「はい…」とだけ返事したかと思うと、マジで絶妙なタイミングで車線変更や右左折してくれたり、対象者の車両との間にわざと別の車両を何台か挟みながら追尾したり、交通事情で分断されて対象者の車両を見失ったとしても「この方向だったら…」とかつぶやきながら地元の人しか知らない様な ほっそい道をびゅんびゅん走り抜けて近道をして追いついたりしてた。ぶっちゃけ僕の車両尾行よりも上手かった。いわゆる「神タクシー」だ。無事に対象車両の尾行が成功した後、こやつはただ者ではないと思いながらお礼とともに「お主、何者じゃ?」的なことを伺うと、静かにこう言った。

 

「…あぁ、前にお兄さんと似たような仕事をしてたんですよ。ゴシップを追うパパラッチでしたけどね。こちらこそありがとうございます…ちょっとだけ昔の血が騒いじゃいましたよ……(暗黒微笑)」

 

にゃ~~ん 抱いて///